松島温泉ホテル松泉閣「ろまん館」天草の観光と歴史

天草松島温泉ろまん館トップページ

               ご予約・お問合せはこちらへ
          ☎0969-56-3000    
ろまん館トップページへ空室とご予約のページへ交通アクセスのページへサイトマップのページへ

天草の観光と歴史

ろまん館トップページへお料理のページへ温泉のページへ貸切湯のページへフォトギャラリーのページへおもてなしのページへ

宿泊グルメプランへ

日帰りプランへ

人気ベスト5のページへ

スペシャルプランのページへ

天草の観光と歴史

黄金のハモフェア開催中 6月1日~9月30日

黄金のハモ写真

黄金のハモ料理写真

ハモフェア写真

あまくさ四郎観光協会では6月~9月にかけて、黄金のハモフェアを開催しています。
 上天草市のホテルや旅館、飲食店等で上天草市近郊で水揚げされたハモを提供しています。この機会にぜひ上天草の「黄金のハモ」をご堪能ください。

≪ハモについて≫
ハモと言えば、京都の料亭で出される夏のメニューには欠かせない高級魚ですが、意外にも熊本で多く水揚げされている魚です。(平成19年度の取扱量は全国第1位)とりわけ、不知火海で獲れるハモを地元では「黄金のハモ」という名で呼んでいます。
 ハモはウナギやアナゴの仲間で、主にはえ縄という漁法で獲られています。不知火海にそそぐ川が豊富な餌を運ぶため、そこで育ったハモは黄金に輝いており、“鱧”の漢字の成り立ちのとおり老化防止や美肌効果があるコラーゲンやビタミン、カルシウムなどの栄養素が豊富に含まれています。もちろん淡白で上品なハモの味は絶品です。
 料理の定番は湯引き。酢味噌もいいですが、梅肉ソースで食べると通。刺身は薄く切り、わさび醤油で。他にも天ぷらやしゃぶしゃぶなどでどうぞ。

天草五橋祭

天草五橋祭花火写真

天草五橋祭写真

天草五橋祭写真

五橋開通を記念して毎年行われるイベント。「天草・五橋道中踊り」や「海洋花火大会」など多彩なイベントが行われ、天草の秋の海や夜を彩る。
また、船首に竜頭をつけた白竜船が、天草五橋をバックにしぶきをあげてスピードを競う競技「白竜船競漕大会」は必見。
他にも「魚のつかみ取り大会」や天草の食材をふんだんに使った「天草食の祭典」、ステージショーなど盛りだくさん。
○プログラム
24日10:00~20:00     ステージ
24日10:00~25日15:00  天草陶器市(お祭り広場)
24日10:00~25日15:00  クラッケンスライダー(お祭り広場)
24日20:00~21:30     海洋花火大会「4500発」
25日 9:00~12:00     白龍船競争
25日12:00~15:00     魚のつかみ取り大会

《公認事業》
24日11:30~25日15:00 天草食の彩典in五橋祭(お祭り広場)
24日13:00~25日15:00 ハーレーダビットソンロザリオMTG(お祭り広場)
24日 9:00~16:00     熊本県四半的総合大会(アロマ)
24日13:00~16:00    フラ・カーニバルIN天草(アロマ)

所 在 地:上天草市松島町合津(合津港一帯)
問合せ先:0969-56-3133 天草五橋祭企画実行委員会
駐 車 場:有
交  通:九州自動車道松橋ICから車で約60分、JR「熊本駅」から九州産交バス「快速あまくさ号」で約90分「松島」下車、徒歩1分。

龍ヶ岳観光鯛釣り選手権大会

龍ヶ岳観光鯛釣り選手権大会
期間:9/1(木)~10/1(月)
釣り場:不知火海沿岸
出漁時間:午前6時から正午
計量:宿泊した各旅館により実施
入賞:鯛類で重量の重い順に各旅館で3位まで、計15チーム他に大物賞、参加賞をご用意しています。
表彰式:平成23年11月19日(土)、監事旅館で合同表彰式
参加費:船代(4名1隻)28,000円+宿泊費(大人1名、1泊2食、朝食は弁当)10,500円~
申込方法:電話で加盟旅館へ直接お申込みください。
特典:入賞チーム代表者15名様を1泊無料ご招待。
開催期間 2011年10月1日~2011年10月31日 2011年9月1日~2011年9月30日

上天草釣り祭り

≪上天草全域釣り大会≫
期間:9/1(木)~10/31(月)
釣 り 場:上天草市全域(大会参加事業所のお客様にかぎります。)
出漁時間:各参加事業所ごとに行います。
計 量:宿泊した各事業所により実施。
入 賞:各参加事業所ごとに行います。
表 彰 式:各参加事業所ごとに行います。
参 加 費:1人様 200円(各参加事業所にお支払ください。)
申込方法:各参加事業所ごとに行います。
特典①各事業所ごとのエントリー名簿を提出していただき、全体のエントリー者の中から抽選で3名の方に『ペア宿泊券(市内・3万円相当)』を10名の方に『天草特産品(3000円相当)』をそれぞれプレゼント致します。
特典②エントリー者全員の方にスパタラソ入浴券200円割引券(通常料金500円)1名様分をプレゼント(平成23年11月まで利用可能)
トライアングル特典:9/1~10/31までの期間中3つの釣り大会が行われます。
■3つすべての大会にエントリーすると抽選で5名の方に天草の特産品(5000円相当)をプレゼント!!
■2つの大会にエントリーすると抽選で5名の方に天草の特産品(3000円相当)をプレゼント!

開催期間 2011年10月1日~2011年10月31日 2011年9月1日~2011年9月30日

上天草は自由と平和を夢見た、歴史の舞台。

天草四郎銅像時は1612年、徳川秀忠の時代。
キリスト教の禁教令がしかれました。当時天草は、関ヶ原の戦いに敗れたキリシタン大名・小西行長に代わり、唐津領主・寺沢広高が治めていましたが、人々は実際の石高の2倍にあたる思い年貢に苦しめられていました。そこに、この禁教令。ママコフ神父は、信仰を禁止された天草の民に向かって「25年後、16歳の天童が現れ、パライゾ(天国)が実現するであろう。」との預言を残し、マカオに追放されたと伝えられています。

さらに、追い討ちをかけるかのような大凶作にみまわれ、天草の人々は、信仰の禁止と厳しい年貢の取り立てにますます追いつめられていきました。

 そして1637年、ママコス神父の予言通り、天童・天草四郎が現れました。
口之津(長崎県口之津町)で年貢が納められなかった家の妊婦が、寒中の川にさらされ殺される残虐な事件を機に、民衆の怒りは爆発。四郎を総大将にまず島原で火の粉が上がり、続いて大矢野町へ。
一揆群は大島子(天草市)の戦い、町山口川(天草市)の戦いで勝利を収め、勢いに乗って富岡城(苓北町)を攻めますが、難攻不落、富岡城陥落をあきらめ、次は海を渡って原城(長崎県島原市)へ向かったものの、3ヶ月間の籠城の末、大勢の幕府軍に敗れてしまいました。クロスのもと、自由と平和の国”パライゾ”を夢見ながら・・・。

 そんな歴史を証言するためにあるのが、「天草四郎メモリアルホール」。天草・島原の戦いの発端や、天草四郎の人柄、南蛮文化などを詳しく展示。その地の息遣いを感じながら、歴史を再確認する、壮大なロマンを感じてみてはいかがでしょうか?

img_flag.jpg




天草四郎陣中旗は天草四郎が島原の乱で使用したとされている国の重要文化財。<天草切支丹館所蔵>

img_screen.jpg
南蛮屏風図/日本での貿易品荷揚げ、カピタン(商館長)の行列と出迎える宣教師たちを描く。鮮やかな色彩と細部に渡る入念な描写は、70点ほど現在する南蛮屏風の中でも最も優れた遺品と言える。天草メモリアルホール(レプリカ)

妖術使い 森宗意軒

 天草・島原の戦いにおいて、天草四 郎率いる一揆の参謀者の一人とされ、江戸初期の兵学者・由井正雪の妖術の師ともいわれる。故・山田風太郎氏の小説「魔界転生」にも妖術師として登場。地元(大矢野町中柳地区)では「もりすけさん」の愛称で親しまれ、宗意軒に祈ったら歯痛が治ったなどの宗意軒の”霊験”を伝える逸話も多い。森宗意軒神社も造られている。

天草四郎について

天草四郎は上天草市出身!

 3万7千人の民衆を率いて幕府に挑んだ天草四郎は、謎とロマンに満ちた伝説上の人物のようにも思われていますが、実在の人物です。上天草市出身の小西家の浪人、益田甚兵衛と同市出身のマルタ(洗礼名)の間に生まれた男児で、名は益田四郎時貞。つまり、上天草市は天草四郎の故郷なのです。

天草四郎とはどんな人?

 天草四郎は益田甚兵衛の長男として生まれ、本名は益田四郎といいます。長崎に渡り学問をしたことなどが知られています。
上津浦の南蛮寺にいたママコス神父が、「今から25年後、東西の雲が赤く焼け、5国中が鳴動するとき、一人の神童が現れて、人々を救うであろう」と予言を残して去ったという話がありました。人々の不安の中で、四郎こそが予言にある天の使者に違いないという噂が広まり、天草だけでなく島原一帯にも広まっていきました。そして、ついには一揆勢の総大将に担ぎ出されました。総大将とは言うもののシンボル的な存在であり、実際に指揮を執ったのは、父甚兵衛をはじ10めとする側近たちであったと言われています。原城に籠もった四郎は、歯にお歯黒をし、髪を後ろで束ねて前髪を垂らし、額に十字架を立て、白衣を着た呪術的な格好で、洗礼を授けたり、説教を行っていたと記録されています。

天草四郎ゆかりの地

img_photo_yushima.jpg


島原と大矢野の間にある湯島では、ひそかに島原と天草の一揆勢の幹部が談合し、武器の製造も行われました。その談合によって天草四郎は天草と島原の両方を代表した総大将に担ぎ出されました。このような談合の舞台となったことから、湯島は別名談合島とも呼ばれます。